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大分地方裁判所 昭和29年(行)3号 判決

原告 衛藤国芳

被告 清川村長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告前身旧白山村長が原告に対してなした昭和二十九年十一月五日付原告の白山村選挙管理委員の職を免ずる旨の懲戒処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

「原告は、昭和二十八年三月三十日以来大分県大野郡旧白山村選挙管理委員の職にあつたものであるが、同二十九年十一月六日旧白山村長より同月五日付原告を懲戒免職する旨の通知を受けた。

しかし、右懲戒免職処分は、次の点において違法であるから、取消さるべきものである。即ち、

(一)  原告は懲戒処分規定たる地方自治法施行規程第三十四条に所謂職務上の義務に違反したこと或はこれを怠つたこともなく、又職務の内外を問わず公職上の信用を失う行為をなしたこともない。その間の事情は、旧白山村長が町村合併促進法により町村合併を促進するにあたり、大野郡旧合川村及び旧牧口村との合併方針をとつた為、同郡三重町との合併を希望する多数村民の反対に逢い昭和二十九年十月七日訴外首藤栄より旧白山村長及び旧白山村村議会議員十名に対する解職請求書が提出され、原告等より成る同村選挙管理委員会は、首藤栄が選挙人名簿に登載された者であることを確認した上解職請求代表者の証明書を交付し且つその旨告示した。而して、同月十一日同人より解職請求者署名簿が提出されたので同村選挙管理委員会は右署名簿の署名の有効無効について審査を始め同月二十日その審査を終了した。その結果有効署名数が法定数を遥に上廻ることが判明したので旧白山村長は狼狽し署名簿の署名の審査に関して異議の申立をすると共に原告を選挙管理委員より除外せんとして、同月二十四日急遽旧白山村吏員懲戒審査委員会規則を制定公布施行し、且即日旧白山村議会の同意を得てその委員の選任を終了した上右委員会の議決を経たと称し原告に対して何等の理由の説明もなく前記免職処分をなしたものである。

(二)  又懲戒免職処分は前記懲戒審査委員会の議決を経なければならないのに、同年十一月一日午后開催された同委員会においてはその議決なく、又その後同委員会は開催されていないのであるから、旧白山村長は結局同委員会の議決を経ずして原告を懲戒免職処分に付したものである。

なお、昭和三十年一月一日前記旧白山、合川、牧口の三村が合併して清川村が成立したので被告は旧白山村長の訴訟上の地位を承継したものである。」と述べ、

被告の主張に対し、「被告主張の懲戒免職事由中、一の(1)の点(但し故意の部分を除く)、二の(1)の点、二の(2)につき、原告が旧白山村町村合併促進協議会小委員会委員に選任せられたこと、二の(3)の点、二の(4)につき、原告が三重町合併促進青壮年同盟の大会に出席したこと、二の(5)の点及び昭和三十年一月八日新たに清川村選挙管理委員が選任せられ、従前の委員は全員辞職したことはいずれもこれを認めるがその余の被告の主張については原告の主張に反する部分を否認する。」と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、「原告がその主張の頃より旧白山村選挙管理委員であつたこと、旧白山村長が原告を昭和二十九年十一月五日付にて懲戒免職処分に付したこと、旧白山村長が町村合併促進法により町村合併を推進するに当り同村及び大野郡旧合川村旧牧口村三村の合併方針を採つたため同郡三重町との合併を希望する村民の反対に逢い昭和二十九年十月七日訴外首藤栄より旧白山村長及び同村村会議員十名に対する解職請求書が提出せられ原告等が選挙管理委員として右解職請求に関する解職請求者署名簿の署名の有効無効の審査を為し、被解職請求者等が右署名簿の署名に関し異議を申立てたこと、旧白山村長が同年十月二十四日原告主張の如き規則を制定公布施行したこと、及び昭和三十年一月一日前記三村合併により清川村が成立し被告に於て旧白山村長の訴訟上の地位を承継したことは認める。

しかし、原告は、政治的に中立を守るべき選挙管理委員でありながら、その主張するような三村合併問題に関連して行われた旧白山村長及び旧白山村会議員等の解職請求に関して次のような不当な事由があつた。即ち、

一、地方自治法施行規程第三十四条第一項第一号に規定する職務上の義務に違反し又は職務を怠つたときに該当するものとして、

(1) 原告は、旧白山村村会議員訴外足立彦馬に対する解職請求者署名簿に訴外多田武夫が、訴外同村村会議員佐藤五月に対する解職請求者署名簿に訴外多田文夫が夫々二重署名をなしたのを審査の上、昭和二十九年十月末頃故意に有効と認めたこと。

(2) 解職請求者署名簿の調査にあたり、署名者の訴外首藤マサオに対して自署を求めた際、同人の甥である訴外河野敏夫が「マサヲ」の「ヲ」を「オ」ではないかと云つて同女にその自署した「マサヲ」の「ヲ」を「オ」と訂正させたのを原告は故意に黙認したこと。

二、同条同項第二号に定める職務の内外を問わず公職上の信用を失うべき行為があつたとき、に該当するものとして、

(1) 原告は昭和二十九年七月十一日三重町合併希望者の署名蒐集を訴外佐竹善三郎に依頼したこと。

(2) 原告は、旧白山村町村合併促進協議会小委員会の三重町合併派の委員に選任されて活動したこと。

(3) 原告は、三重町合併期成同盟本部及び三重町合併運動に関するその他の会合に出席し、その協議に参画したこと。

(4) 原告は、昭和二十九年十月三日旧白山村大字大白谷南部公民館に於て催された三重町合併促進青壮年同盟の大会に同盟会構成員として出席し指導的地位においてその協議に与つたこと。しかも右大会の性格は不穏極まるもので、同大会の宣言は、道義を離れ肉親の親しみを無視し、一路敵を打倒せんとする鬼畜の如き凄まじさを表現したものであるに拘らず、原告はその宣言に賛意を表していること。

(5) 原告は、同月二十三日三重町合併旧白山村期成同盟代表訴外衛藤原士より提出された同盟会員の分村調印名簿に署名捺印したこと。

三、地方自治法第百八十二条第四項によると、同一団体より選挙管理委員は二名以上在任することはできない。しかるに、旧白山村選挙管理委員は三重町合併派より原告及び訴外真名井平馬の二名が在任している。よつて右二名の中そのいずれかを免職すべきであるが、真名井平馬は選挙関係事務に深い経験があり原告の如き失態もないのに反し、原告においては、前述のように選挙管理委員として不当の行動があつたこと。

以上の事由は正に原告を懲戒免職処分に付すべき事由に該当するので旧白山村長は同年十月三十一日旧白山村吏員懲戒審査委員会に前記懲戒の事由を示したところ、同委員会は翌十一月一日委員会を開催し、原告の前記行動は懲戒免職の事由にはなるが、一応同村長より辞職を勧告し、原告においてこれを受諾しないときは、懲戒免職すべき旨の議決をなした。そこで同村長は同月二日、三日の両日原告に対して、辞職を勧告したが、原告はこれに応じないので已むなく同月五日付にて、同日原告に対して懲戒免職処分を為したものである。

なお、本件免職処分に不服ある場合は相当の機関に不服の申立等の訴願を為し、その裁決に尚不服の場合に始めて訴を提起すべき筋合であるのに本件は右手続を経ずして為されたものであるから不適法として却下せらるべきものである。のみならず昭和三十年一月一日三村合併により清川村が成立し同月八日清川村選挙管理委員が選任せられ従来の選挙管理委員は全員辞職したので最早本訴は訴の利益を欠くものである。」と述べた。

(立証省略)

理由

原告は昭和二十八年三月三十日以来大分県大野郡旧白山村選挙管理委員会委員であつたこと及び旧白山村長が同二十九年十一月五日付にて原告を懲戒免職処分に付したことは当事者間に争がない。

而して、本件は、右懲戒免職処分の取消を求めるものであるが昭和三十年一月一日旧白山村及び同郡旧合川村旧牧口村の三村合併により新たに清川村が成立したことは当事者間に争がないので被告清川村村長は旧白山村長の訴訟上の地位を承継したものと謂わねばならない。

そこで先ず本件は訴願の裁決を経ずして為された不適法の訴である旨の被告主張について考えるに、村長の村選挙管理委員に対する懲戒免職処分については訴願を許す旨の法令の規定は存しないから行政事件訴訟特例法第二条の規定の適用せらるべき余地はなく、従つて右主張はその理由がない。

次に原告が本訴を維持する利益があるか否かについて判断する。地方自治法施行令第四条によれば、普通地方公共団体が設置せられたときは、当該普通地方公共団体の選挙管理委員は、議会において選挙される迄の間、従来その地域に属していた地方公共団体の選挙管理委員たる者又は同委員であつた者の互選により定めた者をもつてこれに充てることとされている。右趣旨によれば新たに普通地方公共団体が設置せられた場合には、従来その地域に属していた地方公共団体の選挙管理委員は当然その職を失い、新たに議会において選挙管理委員が選挙せられる迄の間は暫定的に互選により新地方公共団体の選挙管理委員となるべき可能性を有するに過ぎない。ところで旧白山村が昭和三十年一月一日より大分県大野郡旧牧口村及び旧合川村と合併せられて消滅し、新たに同郡清川村が設置せられたこと、は既に説明したとおりであつて同月八日清川村選挙管理委員が選挙せられたことは当事者間に争のないところである。

然らば、原告は既に旧白山村選挙管理委員の職を失い、又互選により清川村選挙管理委員となるべき可能性をも失つたものと云うべきであり、従つて、原告に対して為された旧白山村選挙管理委員の職を免ずる旨の懲戒処分の取消を求める本訴請求は訴の利益を欠き(最高裁判所昭和二十六年十月二十三日判決、最高裁判所判例集五巻十一号、同裁判所昭和二十七年二月十五日判決、最高裁判所判例集六巻二号参照)その理由がないから、爾余の判断を俟つ迄もなくこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 江崎弥 中西孝 前田亦夫)

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